読み始めたことはある。けれども、夢とも現ともつかない文章に足場を失って、いつの間にか閉じていた——『銀河鉄道の夜』は、途中下車の多い物語である。この記事は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』のあらすじを結末まで書く。カムパネルラの身に起きることまで触れるので、何も知らずに読みたい場合は、ここで原典に移ってほしい。
この記事が明かす範囲(結末の扱い)
銀河の旅の道筋、旅の終わり、地上でジョバンニが知ることまで、すべて書く。この物語は結末を知ってからのほうが読みやすくなる、というのが本記事の立場である。幻想的な場面の一つ一つを「これは何の伏線か」と身構えて読む必要がなくなるからだ。
前提を一つ。『銀河鉄道の夜』は生前に発表されず、未定稿のまま残された。初めて活字になったのは没後の『宮沢賢治全集』第三巻(文圃堂、1934年)で、いま読まれている本文も遺稿の整理を経たものである。読んでいて唐突に感じる継ぎ目があっても、それは読者のせいではない。
次の節は、汽車が走り出すところで止めてある。
短いあらすじ(結末なし)
ジョバンニは、学校のあと活版所で働く少年である。父は長い漁に出たまま帰らず、病気の母が家で寝ている。授業でもアルバイト先でも居場所は薄く、級友のザネリたちにからかわれている。親友のカムパネルラだけは、からかいに加わらない。
星の祭りの夜、ジョバンニは母の牛乳を受け取りに出た町でもザネリたちに囃され、逃げるように暗い丘に登る。草の上に身を投げ出して星空を見ているうち、気がつくと小さな汽車に乗っていて、向かいの席にはカムパネルラが座っている。汽車は、銀河に沿って夜空を走っていく——短いあらすじはここまでである。
結末までの流れ
汽車は銀河の停車場をたどって南へ進む。輝く十字架の立つ岸辺を過ぎ、途中からは風変わりな乗客が乗り込んでくる。雁や鷺を菓子のように扱う鳥捕りの男。船が氷山にぶつかって沈み、気がつくとここにいたと語る若い家庭教師と、幼い姉弟。乗客たちはそれぞれの駅で、それぞれの行き先へ降りていく。
やがて南十字の駅で大勢の乗客が祈りながら降り、車内にはジョバンニとカムパネルラだけが残る。ジョバンニが、どこまでもどこまでも一緒に行こうと呼びかけた直後、ふり返るとカムパネルラの姿は消えている。ジョバンニは叫び、泣きながら目を覚ます。丘の草の上である。
町に下りたジョバンニは、川辺の人だかりに出会う。祭りの晩、舟から落ちたザネリを助けようとしてカムパネルラが川に入り、ザネリは助かったが、カムパネルラは見つかっていないという。カムパネルラの父は川面を見つめたまま、静かにあきらめを口にする。そしてジョバンニに、あなたのお父さんの帰りが近いという知らせを伝える。ジョバンニは、母の待つ家に向かって走り出す。物語はそこで終わる。
人物と関係
- ジョバンニ — 働きながら学校に通う少年。父の不在と貧しさの中で孤立している。
- カムパネルラ — ジョバンニの親友。銀河の汽車に同乗し、旅の途中で消える。
- ザネリ — ジョバンニをからかう級友。祭りの晩、川に落ちる。
- 鳥捕りの男、家庭教師の青年と姉弟 — 車中の乗客。それぞれの駅で降りていく。
- 父と母 — 不在の父と病気の母。物語の最初と最後に置かれた地上の生活。
車内の乗客はみな「降りていく人」であり、最後まで乗っているのはジョバンニだけである。誰と乗り、誰が先に降りるのか——この配置自体が、読み終えてから効いてくる。
この作品が問うもの(一つの読み)
この物語の中心には、「ほんとうのさいわいとは何か」という問いが繰り返し置かれている。車中の対話で、カムパネルラはこう言う。
誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。
結末を知ってからこの一言に戻ると、立ち止まらざるを得ない。カムパネルラは実際に「ほんとうにいいこと」をして、そして帰ってこなかった。それでもこの言葉を「だから犠牲は美しい」とまとめてしまうと、たぶん物語を取りこぼす。物語は幸いの定義をどこにも書かず、問いだけをジョバンニに——読者に——手渡して終わるからである。答えではなく問いを持たされたまま、ジョバンニは家に向かって走る。それがこの結末の形だ、というのが一つの読みである。
もちろん別の読みもある。銀河の旅全体を、先に逝く友との別れの時間として読む線。夢か現実かの区別を保留したまま、車窓の描写そのものを味わう線。どれを選ぶかは読み直しの夜に決めればよい。
原典の一節
物語は、教室の授業の場面から始まる。先生の最初の問いかけを原文のまま引く。
「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」
「ほんとうは何か」という言い回しが、最初の頁にすでに置かれている。銀河とは何か、さいわいとは何か——この物語の問いの形は、授業の一行目から一貫している。挫折した人こそ、まずこの最初の章「午後の授業」だけ読み直してみてほしい。
引用はいずれも青空文庫版に拠った(底本: 『銀河鉄道の夜』角川文庫、角川書店)。全文は図書カードから無料で読める。
午前二時前の窓際で、「三回挫折してるんです」と白状したチヒロに、綴は結末まで話すかどうかだけを聞いた。今夜のチヒロは、結末までを選んだ。終点を知ってから乗り直す汽車は、車窓を眺める余裕がちがう。次に開く頁は決まっている。最初の章「午後の授業」、数頁だけ。汽車に乗るのは、その次の夜でいい。
