中学の読書感想文で『走れメロス』を書いた。結びはたしか「友情の大切さがわかりました」——それきり読み返していない人のために、この記事は太宰治『走れメロス』のあらすじを結末まで書く。そのうえで、感想文には書けなかったものが物語の真ん中に埋まっている、という一つの読みを添える。まっさらに読み直したい場合は、ここで原典に移ってよい。
この記事が明かす範囲(結末の扱い)
刑場の場面、王の変化、最後の一文まで、すべて書く。『走れメロス』は結末を知っていることで損なわれる型の物語ではなく、むしろ「間に合うと知っているのに手に汗を握る」こと自体が読みどころだからである。本文末尾の付記にも触れる。
結末を伏せておきたい人のために、次の節は人質が決まるところまでで止めてある。1940年(昭和15年)に発表された短編で、原典は青空文庫で読める。
短いあらすじ(結末なし)
村の牧人メロスは、妹の結婚式の買い物のために訪れたシラクスの市で、街全体が妙にさびしいことに気づく。聞けば、人を信じられなくなった王ディオニスが、妻や妹婿から賢臣まで次々に処刑しているという。メロスは激怒し、短剣を持ったまま王城に入って捕らえられる。
死刑を前にしたメロスは、妹の結婚式を挙げさせるための三日間の猶予を王に願い出る。あざ笑う王に対して、メロスは竹馬の友セリヌンティウスを身代わりに置くと言う。呼び出されたセリヌンティウスは事情を聞き、無言でうなずいて人質になる。三日目の日暮れまでにメロスが戻らなければ、友が代わりに処刑される——短いあらすじはここまでである。
結末までの流れ
村に帰ったメロスは、とまどう妹夫婦を説き伏せて翌日に式を挙げさせ、三日目の朝、まだ暗いうちに出発する。ここからが本編である。前夜の豪雨で川の橋は流され、メロスは濁流を泳ぎ渡る。峠では山賊に囲まれ、こん棒を奪って打ち払う。だが真昼の炎天で力尽き、ついに動けなくなる。
このとき、メロスの独白が転がり落ちていく。もう充分に走ったではないか。自分は精いっぱいやった。約束を破る心など微塵もなかった。悪いのは自分ではない。正義だの信実だの、考えてみれば下らない——走ることをやめた英雄が、自己弁解を並べて「どうとも勝手にするがよい」とまで沈む場面である。
ふと耳にした岩清水をひと口飲んで、メロスは我に返り、立ち上がる。夕日を追って走り、途中で行き会った若者の「もう間に合わない、走るのはやめてくれ」という声も振り切って、日没の直前、刑場の群衆をかき分けて磔台のセリヌンティウスにたどり着く。
メロスは友に、殴れ、と言う。途中で一度、悪い夢を見た。殴られなければ抱き合う資格がない——。セリヌンティウスも、この三日のあいだに一度だけ君を疑った、と明かして殴り返す。二人が抱き合うのを見た王は顔を赤らめ、自分も仲間に入れてほしいと言う。群衆の歓声の中、ひとりの少女が、裸同然で走り通したメロスに緋のマントを捧げる。物語は次の一文で終わる。
勇者は、ひどく赤面した。
人物と関係
- メロス — 村の牧人。政治がわからぬ、単純で正義感の強い男。
- セリヌンティウス — メロスの竹馬の友。事情を聞き、無言で人質を引き受ける。
- ディオニス — シラクスの王。人を信じられず、疑うことを正当な心構えだと言う。
- 妹と妹婿 — メロスが三日間の猶予を求めた理由。式のあと、事情を知らないまま送り出す。
軸になる関係は二本ある。メロスとセリヌンティウスの「信じる者同士」の線と、メロスとディオニスの「信じる者と信じられない者」の線である。結末は、前者の線が後者の線を巻き込む形で閉じる。
この作品が問うもの(一つの読み)
感想文の定番は「友情と信実の美しさ」だった。それは間違いではない。ただ、大人になって読み直すと、この短編の芯は中盤にあると読める。
メロスは一度、完全にあきらめている。しかも疲労の中で、自分を正当化する理屈を実に流暢に並べる。取り消しのきかない約束を抱えた人間が、へたり込んで「悪いのは自分ではない」と言い出すくだりは、走る英雄の物語というより、締め切りを抱えて動けなくなった夜の自分の独白に近い。
だから一つの読みとして、こう受け取れる。信実とは、一度も疑わない強さのことではなく、疑い、くじけたあとに戻ってくる往復のことである。そう読むと、結末の殴り合いは美談の飾りではない。一度ずつ裏切った者同士が、それを打ち明けて対等に戻るための手続きに見えてくる。
これは一つの読みである。孤独な王が二人を眺める側から読み直す線もあるし、末尾の付記から、古い伝説を太宰がどう語り直したのかを考える線もある。
原典の一節
書き出しの三文を原文のまま引く。
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。
三文目で主人公の輪郭が決まってしまう、名高い書き出しである。激怒に始まった物語が、最後は「勇者は、ひどく赤面した。」という一文で閉じる。怒りで始まり照れで終わる——この落差を味わうには、やはり通して読むのがいちばんよい。
なお本文の末尾には「(古伝説と、シルレルの詩から。)」という付記があり、この物語が古い伝説と詩人シラーの詩を下敷きにしていることを、太宰自身が書き添えている。引用はいずれも青空文庫版に拠った(底本: 『太宰治全集3』ちくま文庫、筑摩書房)。全文は図書カードから読める。
午前零時半のカウンターで、チヒロは「感想文で、友情って書いた気がするんです」と早口に言ったきり、文庫を開かずにいた。覚えていないのは怠慢ではない。あのころ、真ん中の独白は自分の話ではなかっただけだ。今夜読み返すなら、挫折の独白の段から最後の一文まででよい。そこがいま、いちばん自分の話になっている。