小説なら読めるのに、戯曲は開いた瞬間に戸惑う。頁は人名と台詞とト書きばかりで、地の文という手すりがない——この記事は、その手すりの代わりに、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』のあらすじを結末まで書く。結末は誰でも知っている、と思われがちだが、実はこの戯曲自身が冒頭でそれを言ってしまう。そこも含めて整理する。
この記事が明かす範囲(結末の扱い)
霊廟の場面まで、すべて書く。この戯曲は冒頭の序詞(コーラス)で、二人の恋人が命を落とすことをあらかじめ観客に告げてから始まる。つまり結末を隠して引っ張る作りではそもそもなく、決まった結末へ向かって数日間が転がり落ちていく様子を見せる作りである。筋を知ってから読むことは、この作品に関しては原作の設計どおりの読み方だと言ってよい。
もう一つ、この記事の前提を書いておく。青空文庫で読めるのは坪内逍遥訳『ロミオとヂュリエット』で、旧字旧仮名の文語訳である。シェイクスピアは1616年没、逍遥は1935年没。原文も訳文も著作権保護期間が満了しており、パブリックドメインとして全文が公開されている。本記事の引用はこの逍遥訳に拠る。なお本文中の人名は現代の慣用表記を使う(逍遥訳では「ヂュリエット」のように表記が異なる)。
短いあらすじ(結末なし)
舞台はイタリアの都市ヴェローナ。名門のモンタギュー家とキャピュレット家は、昔からの反目を繰り返し、家人同士の路上の喧嘩が絶えない。
モンタギュー家の息子ロミオは、仲間とともにキャピュレット家の舞踏会に仮面で忍び込み、そこで出会った娘に心を奪われる。相手はこの家の一人娘ジュリエット。互いの素性を知らないまま恋に落ち、素性を知ってもあとには引けない。その夜、ロミオはキャピュレット家の庭に忍び込み、窓辺に現れたジュリエットと言葉を交わして、結婚の約束まで進んでしまう。ここまでが序盤、名高い「窓辺の場」までの流れである。
結末までの流れ
翌日、二人は修道士ロレンスの計らいでひそかに結婚する。両家の争いを終わらせるきっかけになれば、というのがロレンスの目算だった。
ところがその直後、歯車が狂い出す。路上の諍いで、ジュリエットの従兄ティボルトがロミオの友マキューシオを殺し、ロミオは激情のままティボルトを討ってしまう。ロミオはヴェローナ追放を言い渡され、ジュリエットには親の決めた縁談が強引に進み始める。
ロレンスはジュリエットに、飲めば仮死状態になる薬を渡す。死んだと見せかけて葬られ、目覚めたところをロミオが連れ出す、という計画である。だが計画を知らせる手紙はロミオに届かず、届いたのは「ジュリエットが死んだ」という知らせだけだった。ロミオは毒を手に入れて霊廟に駆けつけ、眠るジュリエットのかたわらで毒をあおいで死ぬ。直後に目覚めたジュリエットは、ロミオの短剣で後を追う。
駆けつけた人々の前で経緯が明かされ、モンタギューとキャピュレットの両家は、子を失ってはじめて長い反目を終える。序詞が最初に告げたとおりの結末である。
人物と関係
- ロミオ — モンタギュー家の息子。
- ジュリエット — キャピュレット家の一人娘。
- ティボルト — ジュリエットの従兄。ロミオの友を殺し、ロミオに討たれる。
- マキューシオ — ロミオの友。両家の争いに巻き込まれて落命する。
- 乳母 — ジュリエットの相談相手。二人の橋渡しをする。
- 修道士ロレンス — 二人を結婚させ、仮死の計画を立てる。
関係の地盤は、すべて両家の反目である。恋を悲劇に変えていくのは特定の悪人ではなく、家名と面目と、手紙一通の行き違いだ——この構図は、人物表を眺めるだけでも見えてくる。
この作品が問うもの(一つの読み)
窓辺の場でジュリエットは、ロミオという人ではなく「モンタギュー」という名だけが敵なのだと独りごちる。逍遥訳では「名前だけが予の敵ぢゃ」と続く。
ここに一つの読みを置いてみたい。この戯曲は、家名という所属から一人の人間を取り出せるか、という問いの話として読める。ジュリエットは名を捨ててほしいと願い、二人は名を捨てた場所——夜の庭、修道士の庵、霊廟——でだけ結ばれる。そして最後に両家の名の争いを終わらせたのは、当の二人の死だった。名から自由になろうとした二人が、死をもって名の争いを終わらせる。この皮肉が、恋物語という以上にこの劇を悲劇にしている、と読める。
これは一つの読みである。出会いから死まで数日しかない時間の速さに、若さそのものの劇を見る読みもあるし、乳母やマキューシオの饒舌に喜劇と悲劇の同居を見る読みもある。
原典の一節
窓辺の場の、ジュリエットの独白を逍遥訳の表記のまま引く。
おゝ、ロミオ、ロミオ! 何故卿はロミオぢゃ! 父御をも、自身の名をも棄てゝしまや。
「卿」は「おまへ」、「父御」は「てゝご」と読ませる。文語の台詞回しは一見遠く感じられるが、声に出すと調子が立ち上がり、意味より先に嘆きの形が伝わってくる。現代の翻訳とは言葉の肌ざわりが大きく違うけれども、この古さごと自由に読めるのが、権利の切れた訳文の持ち味である。
引用は青空文庫版に拠った(底本: 『ロミオとヂュリエット 新修シェークスピヤ全集 第二十五卷』中央公論社)。全文は図書カードから無料で読める。
帰り際、戯曲は初めてだと言っていたチヒロは、栞に旧字のまま一行を書き写して持ち帰った。戯曲を読むのに、幕の順に読み通す義務はない。今夜は第二幕第二場、窓辺の場だけでいい。台詞だけでできた頁は、声に出した分だけ手すりになる。
