芥川の短編を初めて選ぶなら、『鼻』を入口にしよう。人からどう見られるかが気になる心の動きを、ひとりの僧を通して追える。続けたくなったら『羅生門』、さらに語り方の違いを味わうなら『藪の中』へ進む。
これは好みに合わせて変えられる順路である。この記事では各作品の結末は伏せる。まずは、今夜気になる一篇を選べればいい。
迷ったら『鼻』、気になる読み口があればそこから
最初の候補は次の三篇に絞った。作品の優劣ではなく、どこに目を向けて読みたいかで選ぶ。
- 人の目が気になる心理を読みたいなら『鼻』。 長い鼻を気にしている僧が、平気な顔をしようとする。本人の気持ちと周囲の見方を行き来して読む入口になる。
- 覚えている場面から戻りたいなら『蜘蛛の糸』。 地獄と極楽をつなぐ一本の糸に覚えがある人は、その記憶を足場にできる。子どもの頃の印象と今の読みを比べてもよい。
- 証言を読み比べたいなら『藪の中』。 一つの事件について、複数の人物が語る。誰が何を話しているかを追う読み方が好きなら、最初に選んで構わない。
題名だけではまだ決められないなら、『鼻』の図書カードから本文を開いてみよう。冒頭にいる僧が気になれば、そのまま読み進められる。
『鼻』から『羅生門』、そして『藪の中』へ
三篇の順路は、人の目を気にする心→追い詰められたときの選択→語る人による話の違いと、注目するものを変えるための提案である。発表順でも、難易度の順位でもない。
二篇目の『羅生門』では、仕事を失った下人が、荒れた門で老婆に出会う。何が起きるかを追いながら、下人の考えがどこで動くかに目を留めてみる。
三篇目では、話す人物が替わるたびに「この人は何を見たのか」を確かめる。芥川の短編でも、心を追う読み方と語りを比べる読み方がある。その違いを試せれば、三篇を続けて読む意味になる。今夜すべて読む必要はない。
古い舞台でも、人の心の動きから入れる
芥川はさまざまな時代の歴史的文献に題材を取り、短編を書いた作家である。古い呼び名や服装が出てくるため、最初は距離を感じるかもしれない。
読み始めは、すべての時代背景を調べるより、人物が気にしていることを一つ拾ってみる。たとえば最初の一篇なら、悩みそのものに加え、悩んでいると知られたくない気持ちにも目を向けられる。これは読み方の提案であり、作品の意味を一つに決めるものではない。
言葉や題材が重く感じたら、途中で休んでよい
短編でも、読みやすさは長さだけでは決まらない。古い言葉を調べたい夜もあれば、人物の気持ちに立ち止まりたい夜もある。読了までの時間を先に決めず、一段落ずつ進めよう。
『藪の中』には性暴力や死をめぐる語りがある。その題材を読みたくない夜は、順路の三篇目まで進まなくてよい。人物が替わる構成だけが気になるなら、見出しで話し手を確かめてから続きを読む方法がある。
発表年は、読む順番と分けて見る
芥川龍之介は1892年に生まれ、1927年に没した。青空文庫の図書カードによると、『羅生門』の初出は1915年、『鼻』は1916年、『蜘蛛の糸』は1918年、『藪の中』は1922年である。
ここで『鼻』を先に置いたのは、最も早い作品だからではない。人物の気持ちから読み始める入口として選んだためだ。作家が書いた順をたどりたくなったら、図書カードの「初出」を見ながら並べ直す楽しみもある。
今夜は無料の本文から。文庫は収録作と注釈で選ぶ
『鼻』、『羅生門』、『蜘蛛の糸』、『藪の中』は、青空文庫の各図書カードにある「いますぐXHTML版で読む」から無料で開ける。四篇とも新字新仮名だが、作品中の古い言葉まで現代語に置き換えたものではない。
紙の本が読みやすいなら、手元の短編集の目次を先に見てみよう。これから文庫を選ぶ場合は、読みたい作品が入っているかと、注釈の量・文字の読みやすさを確かめる。一篇を試すために、新しく一冊買う必要はない。
『羅生門』を読んだあとに筋を振り返るなら、結末まで扱う『羅生門』のあらすじへ。別の作家の短編も気になったら、中島敦の代表作が次の入口になる。
今夜の目次に、全部の予定を書き込まなくていい。まずは『鼻』の本文を開き、最初の一段落だけ読んでみよう。