タイトルなら誰でも知っている。黒澤明の映画を思い浮かべる人も多い。ところが芥川龍之介の小説『羅生門』の筋を聞かれると、雨と門のほかに何も出てこない——この記事は、その先の欠けた部分を結末まで書く。文庫で十数頁の短編だから、まっさらな気持ちで読みたい場合は、ここで閉じて原典から読むほうが早い。
この記事が明かす範囲(結末の扱い)
老婆の言い分、下人の選択、最後の一文まで、すべて書く。この短編は結末の一文が要なので、筋だけなぞって肝心の場所を伏せると、かえって作品の姿が伝わらないと考えるからである。
先に一つ、記憶の整理をしておく。黒澤明監督の映画『羅生門』(1950年)は、題名と荒れた門の舞台をこの短編から借りているが、筋の中心は同じ芥川の短編「藪の中」である。「食い違う証言の話だった気がする」という記憶は映画のもので、小説の『羅生門』は、下人と老婆だけのもっと小さな話だ。
次の節は楼の上に登る手前で止めてある。そこまで読んで原典に移れば、結末は知らずに済む。
短いあらすじ(結末なし)
ある日の暮れ方、平安京の正門である羅生門の下で、若い下人が雨やみを待っている。都は地震や火事や飢饉が続いて荒れ果て、門は修理もされず、引き取り手のない死人が捨てられる場所になっている。
下人は数日前、長年仕えた主人から暇を出された。明日の暮らしのあてはなく、盗人になるほかないと頭では分かっていながら、それを選ぶ勇気が出ない。頬の大きな面皰を気にしながら思案するうち、夜を明かす場所を探して、死人ばかりの楼の上に続くはしごに足をかける。上には、かすかに火の光が揺れていた——結末を知りたくない人は、ここで原典に移ってほしい。
『羅生門』は1915年(大正4年)、雑誌「帝国文学」に発表された。平安末期の説話集『今昔物語集』の説話に材を取ったとされる。
結末までの流れ
楼上には死骸がいくつも転がり、その中にうずくまった老婆が、若い女の死骸から長い髪の毛を一本ずつ抜いている。下人は恐怖と、それが何の仕事か分からないうちに膨らんでいく激しい憎悪——あらゆる悪を許すまいとする心——に駆られ、太刀を突きつけて老婆を組み伏せる。
命乞いをした老婆は、問われるまま言い分を語る。抜いた髪はかつらにして売る。悪いことかもしれないが、ここにいる死人はみな、それくらいのことをされてよい人間だ。髪を抜いていたこの女は、生前、蛇を干し魚だと偽って売り歩いていた。しかし自分はこの女を悪いとは思わない。そうしなければ飢え死にする、仕方のないことだからだ。そして自分のしていることも、同じく仕方のないことだ——。
聞き終えた下人の心から、さっきまでの迷いが消える。
では、己が引剥をしようと恨むまいな。己もそうしなければ、饑死をする体なのだ。
下人は老婆の着物を剥ぎ取り、しがみつこうとする老婆を死骸の上へ蹴倒して、はしごを駆け下りる。裸にされた老婆が門の下をのぞき込んだとき、外にあるのは黒い夜だけである。物語は次の一文で閉じられる。
下人の行方は、誰も知らない。
人物と関係
- 下人 — 主人から暇を出された若い男。盗人になる勇気が出ないまま門の下にいる。
- 老婆 — 楼上で死人の髪を抜き、かつらを作って売ろうとしている。
- 髪を抜かれる女の死骸 — 生前は蛇を干し魚と偽って売っていたと、老婆が語る。
登場するのは実質この三者だけで、ほとんど密室劇に近い。悪を憎む者、悪を働く者、かつて悪を働いた者が一つの楼上に重なり、憎む側だった下人が最後に悪を働く側に移る。この移動そのものが筋である。
この作品が問うもの(一つの読み)
下人は最初、老婆の行いに燃えるような憎悪を覚えた。その同じ男が、数分後には老婆の着物を剥いで消える。間にあったのは、老婆の言い分だけである。
一つの読みとして、こう受け取れる。「生きるためなら仕方がない」という論理は、聞いた者に免罪符として渡ってしまう。下人は老婆の論理を退けたのではなく、そっくりそのまま老婆自身に向け直した。悪を裁くつもりで聞いた言葉が、悪を選ぶ勇気に変わる——下人に欠けていたのは善悪の判断ではなく勇気で、手に入ったのが悪の勇気だった、という皮肉である。
これも一つの読みで、正解ではない。飢饉の世で善悪を論じることの空しさを描いたと読む線も、誰の内にもある反転をたった数頁で見せた話法の話として読む線もある。どれで読むかは、原典に戻ってから決めればよい。
原典の一節
書き出しの二文を原文のまま引く。
ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。
説明も前置きもなく、いきなり一人の男を門の下に置く書き出しである。この静かな入口が、最後の「下人の行方は、誰も知らない。」と対になっている。始まりでも終わりでも、語り手は下人に寄り添わず、少し離れた場所から眺めている——そう気づいてから読み直すと、同じ頁の温度が変わる。
引用はいずれも青空文庫版に拠った(底本: 『芥川龍之介全集1』ちくま文庫、筑摩書房)。全文は図書カードから無料で読める。
午前一時、棚の前で芥川の文庫を三冊抱えて決めかねていたチヒロの前で、センはいちばん薄い一冊の頁の上に座った。理由は語らない。猫だから語れない。それでも今夜の一冊はそれで決まりである。短編だから、読み直しに計画は要らない。雨の門から最後の一文まで、今夜そのまま通り抜ければ足りる。