「隴西の李徴は博学才穎」。教科書で暗唱させられた冒頭の一文だけが口に残っていて、その先の筋があいまいなまま大人になった人は多い。この記事は、その先を取り戻して今夜読み直すためのもので、結末まで書く。もっとも全文が四十分で読める短編なので、先に原典を読み切ってから戻ってきてもいい。
昔読んだときの記憶と違う場所
筋を確認しておく。唐の時代、若くして科挙に登第した秀才の李徴は、詩人として名を残すことを望んで官職を退くが、詩業は成らず、生活のために地方官吏の職に戻る。かつての同輩がはるか上位に立つ屈辱の中、李徴はある夜発狂して闇へ走り、行方を絶つ。翌年、監察御史の袁傪が旅の途中の叢で人喰い虎に襲われかけると、虎は身をひるがえし、人の声で旧友の名を名乗る。李徴だった。虎になった李徴は、姿を見せないまま袁傪に半生を語り、自作の詩の伝録を頼み、妻子の後事を頼み、最後に月に向かって咆えて消える。
高校で習ったときの記憶では、これは「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」の話、つまり才能とプライドの寓話だった。その読みは今も有効である。ただ、大人になって読み返すと、記憶と違って見える場所がいくつもある。李徴が詩人を諦めた理由の生々しさ。袁傪がほとんど反論せず、ただ聞いている時間の長さ。そして、頼みごとの順序を李徴自身が恥じる場面。ここが今夜の中心になる。
今夜の一場面
読み直すなら、後半の頼みごとの場面を勧めたい。李徴はまず、今も記誦している自作の詩数十編の伝録を袁傪に頼む。自分は滅んでも、詩だけは後世に残したい——それが頼みの理由である。そのあとで、残してきた妻子の生活を頼み、続けて自分を嗤うように言う。妻子のことより先に詩を頼むような男だから、こんな獣に堕ちたのだ、と。
高校生のとき、この場面はただの反省の弁に見えた。働いて、養う相手や守るものができた年齢で読むと、違うものが見える。李徴は最後まで頼む順序を間違え、間違えたことに自分で気づき、それでも詩の依頼を取り消さない。反省しても優先順位は入れ替わらない——この救いのなさと正直さが、一夜の語りの中に同居している。
一つの読み
「山月記 意味」への答えとして、一つの読みを置く。『山月記』は才能の有無の話ではなく、時間の使い方の話として読める。李徴は才能が足りなかったから虎になったのではない。師に就くことも詩友と切磋琢磨することも潔しとせず、かといって俗物の中に戻り切ることもできず、どちらつかずのまま歳月だけが過ぎた。作中の言葉を借りれば、内なる猛獣を「飼いふとらせる」日々の積み重ねが、ある夜、姿になって現れた。特別に傲慢な人間の悲劇ではなく、決断を先送りしたまま自尊心だけ守った日々の帰結——そう読むと、この虎は誰の隣にもいる。
別の読みもある。芸術に全てを賭けた者の殉難として読む線、変身に理由などないという不条理として読む線である。李徴自身も自分の推測を確かなこととは言っていないのだから、原因を一つに決めない読み方こそ、この短編の形に合っているのかもしれない。
原典の一節
冒頭の一文を、原文のまま引く。
隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。
暗唱の記憶はここで止まりがちだが、刺さるのはむしろ中盤の告白である。
己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。
人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
引用は青空文庫版に拠った(底本: 『李陵・山月記』新潮文庫、新潮社)。全文は図書カードから無料で読める。
次に開く頁・次に読む一冊
『山月記』は、読み直しの最初の一冊に向いている。短く、記憶の下地があり、そして高校時代と今とで確実に違う場所が刺さる。今夜のうちに全文を読み切り、自分に刺さった一行をひとつだけ書き留めておくと、暗唱の記憶が自分の読みに置き換わる。
閉店前の午前二時、チヒロが栞に書き写したのは冒頭の一文ではなく、内なる猛獣の一節だった。次の一冊に進むなら、同じ作者の『名人伝』や『李陵』が同じ棚に並んでいる。順路は中島敦の代表作と最初の一冊にまとめた。
なお、時代設定である唐代の制度や歴史そのものの解説は、この記事の範囲ではない。ここで扱ったのは、あくまで作品の中の李徴の時間である。
