中島敦は、33歳で没するまでのわずかな期間に、教科書の定番『山月記』を含む密度の高い作品を残した作家である。作品数が少ないぶん、棚の全体が見渡しやすい。ここに置くのは、三冊だけの短い順路である。
最初の一冊とその理由
- 迷ったらこれ: 『山月記』。虎になった李徴の告白を大人になってから読み直すと、己の才への誇りと恐れを語るくだりが、学生の頃と違う場所に刺さる。1942年、雑誌「文學界」に「古譚」の一篇として発表された。
- この条件ならこれ: 漢文調の硬さが不安なら『名人伝』。弓の名人を目指す男の話で、途方もない修行の描写に笑いがあり、最後は静かな問いに変わる。
- 最初は見送る: 『李陵』。中島敦の最も重い中編で、没後の1943年に遺稿として発表された。順路の最後に置くと、この作家の到達点として読める。
順路 — 三冊で辿る中島敦
『山月記』→『名人伝』→『李陵』の順がよい。
短い『山月記』で文体の彫りの深さを知り、『名人伝』でこの作家の可笑しみを知る。そのうえで『李陵』へ進むと、漢の武将たちの運命を描く筆の重さを、疲れずに受け止められる。あいだに『弟子』を挟み、孔子と子路の師弟を読むのもよい。
作風の入口 — 漢語の衣と近代の自意識
中島敦は中国の古典や史書に材を取り、そこに近代人の自意識を書き込んだ。古い衣装を着た物語の中で悩んでいるのは、いつも今の私たちに似た人間である。漢語の多い文体は一見硬いが、声に出したくなるリズムを持っている。意味を全部調べずに、まず音として読み流す読み方も許されてよい。
作家スティーブンソンが南洋で過ごした晩年を描いた『光と風と夢』のような系統もある。芥川賞の候補になったと伝えられる作品で、古典物に慣れたあとの寄り道に向く。
挫折しやすい場所と後回しの判断
止まりやすいのは漢語の密度である。固有名詞と官職名が続く頁は、誰が主役かだけ押さえて進めば筋は切れない。『李陵』と『光と風と夢』は長さもあるため、短編二つを終えてからでよい。読み通せない夜があっても、この作家の場合は棚に戻して数日置くと、また読みたくなることが多い。
生涯の要点 — 教壇と遺稿
中島敦は1909年に生まれ、1942年12月に33歳で没した。『山月記』が世に出たのと同じ年である。教壇に立ちながら書き続けたと伝えられ、『李陵』『弟子』などは没後に遺稿として発表された。著作権は消滅しており、青空文庫には三十点あまりの作品が公開されている。
版の選び方 — 文庫一冊で持ち歩ける棚
『山月記』も『李陵』も、新潮社・角川書店などの底本を明記した本文が青空文庫で無料で読める。作品数が少ない作家なので、一冊の文庫で主要作をまとめて持ち歩ける点は紙の強みである。今夜はまず無料の本文で始めて、手元に置きたくなったら文庫を選べばよい。
読み直しの視点がほしければ、『山月記』を今夜読み直すが入口になる。
